人は脳に支配される
私は、安心より、スリルを求める傾向が強いように思います。
このことについて、自分なりにいろいろ勉強してみました。
人類は、哺乳類から別れ進化してきています。
ここで、哺乳類との大きな違いは、
記憶力。。。。。。
人は記憶力というものを持った。
それにより、経験が蓄積されるようになる。
言葉。。。。。。。
人は言葉を扱うようになった。
それにより、伝達することができるようになった。
目。。。。。。
人は目に白目を見えるようにした。
それにより、感情の伝達を高めた。
記憶力というものは、経験の蓄積を可能にした。
それにより、関連付ける能力が高まり、知恵というものが生まれてきたといえる。
これにより、文明の発達と歴史を持つことができたといえるのではないだろうか。
しかし、これには大きな副作用があったのです。
それは、刺激を記憶するという、基本的な脳の機能にあるのですが、
刺激を記憶するということは、
同じ刺激に人は飽きるという感覚を持つことになるのです。
今も、昔も、口にしているもの自体の素材は大して代わり映えはしていないにもかかわらず、これほど多くの味というものが作られ、また魅了されている現状を見ても沖らかな行動である。
人は記憶によって、すばらしい知能を持つことができたが、それは同時に刺激欲求を暴走させるリスクを負っていることを、人は知らなければならないのではないだろうか。
動物には危険を察知するために扁桃体というものが脳にあるのですが、
ある意味これが理性というものであるように思えます。


進化しすぎた脳 (ブルーバックス) 著者:池谷 裕二
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この本の中に、扁桃体を働かなくした猫を雄、雌二匹づつを同じ檻に入れた実験のことが書かれているが、
扁桃体が機能しなくなると理性がなくなり、欲望がむき出しになり、雄、雌見境なく交尾を始めるようになり、とても見れるような状態でないようなことが起こるのだという。
人の感情という一面は、意識的に起こることよりも、無意識的起こるほうが実際は多いのではないだろうか。
上記の内容から創造すると危険を感じる力の衰えは、理性を失わせるリスクというものが潜んでいるとは考えられないだろうか。
近代の文明の発達は、電気の開発によって、夜も昼のように暮らせる状態を作り出し、確かに快適な暮らしというものを生み出し、また、自然を人類の都合よく作り変えることに慣れてしまったことが、結局自然に対する脅威というものをかんじなくさせてしまい、人類の自己都合で自然が動いていいるかのように考える風潮は結果、危険を感じない状態を生み出し、理性を失ってきているのかもしれない。
人は脳が求めるスリルというものを、脳の生み出す情動と呼ばれる感情動向に支配されるのではなく、理性によってそのスリルというものをうまく作り出す工夫を生活の中に入れていかなければならないのではないだろうか。
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